魂のリアル観戦記。
幻の夜の長い観戦記。
ガッツリと胃に収まる分厚いステーキの様な記事が多いこのブログですが、たまにはちょっとコーヒーブレイク!そんなテンションです。
1999年の2月13日・14日。
2月13日(土)
畑山隆則 vs ソウル・デュラン
2月14日(日)
デラ・ホーヤ vs アイク・クォーティー
忘れられない勝利者インタビューでのデラ・ホーヤの言葉。
21年前の記憶を辿ります。
2月10日(水)
学校での栗田との会話。
彼の事は辰吉vsシリモンコン戦の前まではあまり好きじゃなかったけどあの試合以来、話す機会が多くなっていた。
この週末は土曜、日曜と連続でボクシングファン注目の世界戦が続く。この日はその試合の予想が話題。土曜日は畑山、日曜日はデラ・ホーヤ。
「畑山の相手。デュランはランク14位らしいね。どんな選手か分かる?」
栗田も詳しくは知らない様だった。
「強くはないやろ。戦績一覧を見たけど大した相手とやってない。安パイや」まずは無難に畑山に初防衛を。そんな期待を持つ試合。
一方、デラ・ホーヤ vs クォーティーは勝敗の行方がガチで分からない試合だった。これまで全盛期を過ぎた相手を叩いて名を上げて来たデラが、ついに五分五分を予想されるレベルの強豪、クォーティーとの一戦を迎える。
「賭けるか?俺はクォーティーに千円!」
「デラは負けないよ。デラに千円!」
僕はデラの勝利に賭けていたし、ゴールデンボーイの快進撃が続く事を望んでいたけど、今度は相手も無敗のリアル王者。本当に分からない。WOWOWに入ってない栗田は、日曜にウチに来て一緒にデラ戦を観る事になっていた。
そして、季節ネタのバレンタインの話題。
「栗田は、誰かからチョコ貰うの?」
「貰うよ」
「へぇ。誰から?」
「おかんと妹から」
「あ、そう(そういう事ね)」
「そっちは?」
「似た様なもんだよ(そう言われりゃ、そう返すさ)」
2月12日(金)
学校が終わり、バイト先のガストに向かう。
僕はこの頃、近くのファミリーレストラン・ガストで週4日のアルバイトに励み、稼いだお金をボクシングにつぎ込んでいた。試合の観戦費用とビデオ購入費用。欲しいビデオが有りすぎていくら稼いでも足りないぐらいだった。
学校はアルバイト禁止なので、見つかったらヤバい。なので接客するウェイターではなく、キッチンで料理を作る調理係。実際のところ学校に内緒でアルバイトしてる高校生はかなり居た。35歳の店長と30歳のマネージャーの2人だけが社員で、あとは全員アルバイト。フリーター、主婦、大学生、高校生達で店はまわっていた。
店に到着。
いつもの様に裏口から中に入ると、休憩室に美雪さんがいた。バイト先のメンバー何人かで食事に行った時に話して以来、会うと声をかけてくれる1歳年上の大学1年生だった。
「寒いね~。そうだ明日、畑山の試合だよね」
僕がボクシングを好きな事は話してて、美雪さんも畑山がTBSのワンダフルに出たのを見てから気になっていたと言う。
「畑山は人気出るよ。私は凄いタイプってワケじゃないけど、最近のボクシングの人の中ではカッコ良いしね」
明日の試合の相手はどんな人で、どんな試合になりそうなの?と聞かれたので、思うままを話した。
「ねぇ。なんでそんな詳しいの?^^」
「そりゃボクシングが好きだからですよ」
休憩室のテーブルの上には店長からの差し入れチョコが山盛り。"みんなへ。早めのバレンタインです。早いもの勝ち"
「明後日バレンタインですね。美雪さんはどんなチョコあげるんですか?」
誰にあげるんですか?とか聞くのも突拍子がない気がして何となく、どんなチョコあげるんですか?と聞いてみた。
「そりゃ手作りでしょう。あげたい人、いるからさ」
手作りか~と言いながら、僕は店長のチョコを一つ手に取った。休憩時間は終わりの様で、美雪さんが立ち上がる。
「じゃ、またね」
あげたい人は誰なんだろう。フロアに戻ろうとする彼女の整った横顔を見て、僕はその相手がうらやましいと思った。
2月13日(土)
畑山隆則 vs 同級14位ソウル・デュラン。
目を背けたくなる様な苦しい試合。
畑山はダウンを奪われた末、判定ドローでなんとか生き残った。あまりに精細を欠いた試合ぶりに、落胆というよりはとにかく不調の理由が知りたかった。きっと体調不良なんじゃないか。体中に湿疹が出ていたという報道もあったし、試合中の動きもデュランが強いというよりかは畑山の本調子じゃない感が凄い。
判定後、名物オヤジがリングに上がって叫ぶ。「ハタケ!守ればいいの守れば!」その声をテレビ中継がしっかりと拾っていた。
たしかに守れば次がある。番組の終了直前、栗田から電話が来た。きっと試合への不満をぶつけて来るに違いない。
「なんやアレ。負けたとおもったわ!」
やはり、期待ハズレの内容に落胆した様子だった。
「次の指名試合、たぶんラクバ・シンやで」
「今日の出来なら、シンはきついな」
「ムリムリ。絶対ムリ。今日の出来でシンとやったらガチヤバよ」
とにかく、ファンに出来るのは良好な状態で次戦のリングに上がってくれるのを祈る事だけだった。
「明日のデラ、楽しみやな。本当にお邪魔して大丈夫?」
「いいよ。WOWOWは17時から始まる」
2月14日(日)
デラ・ホーヤ vs クォーティーの日。
この日は朝から午後15:00までバイトに行った。
店長が声をかけてくれる。
「おはよう!昨日の畑山。ドローだったね」
「店長、試合を観たんですか?」
「新聞で見たよ。録画したけど観れるのはいつになる事やら。今月中には観たいな」
店長はいつも店にいた。休日でも結局、店の様子が気になってなんだかんだとお店に来てるし、来たら来たでやる事なんてずっとある。
僕はこの時の店長やマネージャーの働き方を見て、自分は飲食業界の社員になるのは向いてないと思った。他の業界と比べて、拘束時間が長過ぎる様に思えてならない。それでも、それが好きな人だけが長く続けていける世界なんじゃないだろうか。自分は今だけのバイトで十分・・世間知らずな18歳ながら、そんなふうに考えてた。
美雪さんは昨日の試合を観ており、素直な感想を話してくれた。「防衛出来て良かったね!判定の採点ていうの?詳しくないから分からなくて。畑山が倒れたから、負けたら嫌だなって不安だった」
15:00まででバイトを終えて、16:00には帰宅。WOWOWの放送が始まる17:00の少し前に栗田が来た。
「手ぶらでお邪魔するのもアレやから、これ」
そう言ってシュークリームを差し入れてくれた。
「わざわざ、ありがとうね。栗田君」
そう言って母がシュークリームを受け取った。
ん・・・?
栗田の様子がおかしい。
いつもの栗田じゃない。
人の家に入るのを緊張してるんだろうか。
いや、違う。そんなヤツではない。
「どうした?体調悪いんか?」
「いや、全然。元気やから」
WOWOWエキサイトマッチが始まった。
オスカー・デラ・ホーヤvsアイク・クォーティー!
両者の直近の試合紹介から始まって入場、選手コール。ビックマッチに相応しい会場の盛り上がりが画面から伝わってくる。母はシュークリームとお茶をテーブルに置いた後「ゆっくりしていってね」そう言って部屋を出ていった。
リング上で向かい合う無敗の両雄。
心臓バクバクのこの瞬間。たまらない。
栗田が言う。
「めっちゃヤバいな。」
「ヤバいね。もうすぐ始まる」
「そうじゃなくて、おまえの母ちゃん。
めっちゃベッピンさんや」
「はぁああ??」
大一番のゴングが鳴った。
クォーティーのシャープなジャブをパーリングするデラ。極上のスピード対決。
2人とも速いのなんの。
「ベッピンさんて、人の母ちゃんをそんな目で見とったんか^^」
デラの高速コンビネーションが火を噴く。クォーティーのガードが一瞬、こじ開きそうになった。
「そんな目というか、思った事を言っただけや。」
あっと言う間に初回が終了。
さすがに役者が揃うと言い試合になりますね!解説のジョー小泉氏も感心した様子。2回~5回まで一進一退の攻防が続く。瞬間的にでもデラがスピード負けする場面なんて初めて。
そして6回。試合が動く。
「うちのおかん、とっくに40過ぎやぞ」
「ぜんぜんイケるわ」
「はぁああ??」
デラの左フックでクォーティーがダウン。
すぐ立ち上がる。深いダメージは無さそう。
攻めるデラ。
今度はカウンター気味にクォーティーの左フックが入る。被弾したデラ、まさかのダウン!
「凄い試合や!」
「ひとの母ちゃん見て、ぜんぜんイケるとか言うおまえも凄いわ」
7回以降、クォーティーが流れを支配し始める。WOWOWの解説陣も、10-9でクォーティーですとコメントするラウンドが続く。9回以降、デラも良いパンチを入れて大熱戦のシーソーゲーム。11回が終わった時点で、採点はかなり競っている様に見えた。
「これ…判定はデラやばいんちゃうか」
「最終ラウンド、もうひと山作って欲しいな」
その時、部屋のドアが開いて母が入ってきた。
「お茶、おかわり大丈夫?」
いらない。試合が良いところだから集中させてくれ~と言いたかったけど栗田が先にこう言った。「いただきます!」
空のグラスにお茶を入れる母を栗田はチラ見していた。玄関で初めて母を見た時と同じ顔になっている。
最終12回、開始早々にデラの左フックが炸裂。相打ち気味に被弾したクォーティーは倒れ込んだ。「ここでこの1発!さすがスター!持ってるデラ様!」
お茶と一緒にお菓子を持って来てくれた母が、そのひとつを床に落とした。丸い形状のお菓子がテレビラックの下まで転がっていく。
ダウンから立ち上がったクォーティー。ダメージの色が見てとれる。デラは最後の力を振り絞り、嵐の連打を披露した。
右、左、右、左、右、左。
熱狂が渦巻く。
クォーティーの体が揺れる。
レフェリー止めるか?
この超絶クライマックスの瞬間を、栗田は観ていなかった。テレビの下のお菓子を拾おうと、屈んでお尻を向けた格好になった人様の母親をガン見しているではないか。せめてチラ見にしとけよ・・
果てしなく続くかの様なデラの連打の嵐が鳴り止み、スタミナ切れのデラとダメージで手が出ないクォーティーの壮絶な睨み合い。WOWOW高柳アナウンサーの絶叫が響く。デラ・ホーヤ止まりました。全く手が出ません!
「お茶、ここに置いとくね」
そう言って母が出ていく。
栗田は大きめな声で言った。
「あ、ありがとうございます!」
試合終了。
名勝負の行方は判定に委ねられた。
「判定どう思う?」
「絶妙!ええ試合過ぎた。判定は際どい」
一番肝心なシーンでよそ見した奴が何言うてんねん。
結果、2-1でデラが勝利。
この試合は21年経った今でもファンの間で語られ続ける名勝負の代名詞の様なメモリアルファイト。勝利者インタビューの最後にデラは爽やかな笑顔でこういった。
「Happy Valentine Day!」
「いや~。ええバレンタインやったわ」栗田はそう言って、満足げな顔で帰っていった。
2月15日(月)
学校が終わってすぐにバイト先に直行。
この日は18:00~21:00のシフトだった。
21:00に仕事を終えて、休憩室へ向かう。
途中で美雪さんとすれ違った。
この日はこれからのシフトらしい。
「ねぇ。引き継ぎのメモ置いておいたから」そう言って彼女はフロアに歩いていった。
なんだろう・・
休憩室に入るとテーブルの上に、綺麗に包装された箱が置かれていた。
" Tokkyへ。一日遅れになっちゃたけど、手作りだよ。Happy Valentine Day!美雪 "
了
↓続編↓

コメント
コメント一覧 (2件)
先生の嘘つきー!
今回もたっぷりと濃厚な記事じゃないですか!!笑
しかも栗田君の描写はエグイまでに詳細に!!爆笑
お母様、美人さんなんですね☆
なのに自分のはサラッとでずるいー!笑
”その後”も書いてないー!!^田^
。。わたしは20代前半コンビニで働いていた時に、よく来るお客さんを好きになって、夜の公園に呼び出して渡しましたよ。
初めていろんなお話をしたけど、とっても優しい大人の人でした(当時の3歳上はすごく大人!)
そんなことを思い出させてくれる、ほっこりブログをありがとうございます。
ありがとうございます!いやいや本当にまさかの栗田^^ホワイトデーには続編をアップしますのでお楽しみに~!